これは資生堂パーラーでの紅茶ですが。。。
『カップ&ソーサー』を見ていると 時々ふと思い出す事があります。。
ローマで立ち寄った カフェ・グレコを。。
★ そこは、ある事が切っ掛けでお友達になった 目が真っ青なアンジェロ という青年に案内されて..立ち寄った< 老舗のcafe >でした。その店の中に入ると 何故か懐かしさを覚えました。
お店の中の雰囲気が 暫し祖父の建てた西洋館に似ている気がしたからです。
日本から遠いローマの地に来てしまった。。。 とそれまでは思っていたのに、何故か懐かしさを何度も覚えるイタリアでありました。ホテルの回りも 高輪の坂の風景にも似て 安堵間を覚えましたが、それは私だけの事ではありませんでした。一緒の家族も同じ事を言いました。「なんだか 家の方みたいね。。」「ほっとする。。」
その『 antico caffe greco 』は、西暦1760年オープンで メンデルスゾーンやベルリオーズ、リスト、ワーグナー(ついでにゲーテ)など。。。の芸術家も多く通ったカフェだそうでした。
音楽史やレッスン時の話しとしては その名前はよく聞いていても、実際 同じ店に今居る!ヽ(^o^)丿だなんて。。。確かに実在したんだ!という 実感が強力に伝わって来ました。
私は小さい頃 いくら ヨーロッパの楽曲をやらされても、その情景が浮かんで来なかった。ぼんやりとしか。あやふやな想像でしか 分らなかった。
ある日テレビで 有名な作曲家の出身地でのロケーションビデオをやっていました。
小さな町でしたが、どこの家からもピアノ曲が流れて来ます。。
うっそ〜!! あんな難しい曲を!! 余程上級にならなければやらせて貰えないような曲を、難しく考えて無くて 日々の生活の中で親しんでいる。当たり前のように、あんな普通の民家から流れて来るなんて。。。しかも弾いてるのがちっちゃな子供。とても素朴な一家の。。もう、そのあたりではどの家にもピアノがあって、そこのお兄さんも弾けて、だから弟も「お兄ちゃんみたいに弾きたい」と笑顔でいともなんなく弾いている現実。日常と切り離せない関係になっていたクラッシック音楽。
日本には その曲が どういう情景を背景に作られたものか。。
などと言う説明をできる人自体が いなかったのだと思う。お金を掛けないと弾けるようにはならない難曲とされる曲が 日常的に弾かれている。。その小さな町。
これだ。と思いました。
日本は西洋の音楽をやるには最も遠くて、条件には恵まれていない場所だったかも知れません。
BSで放送された、ベルリンフィルのサマーコンサート2004
ワルトビューネの森の中で行われた ピクニックコンサート。始まった頃は青かった空が、だんだん暮れてきて、黒くなった頃には客席に蝋燭が灯り、線香花火の様なあかりがあちこちでつきます。ホール内の演奏ではわからなかった、時間の流れというものがみられます。
アンコールはシェスタコビッチのバレエ音楽から、ポルカとダンス。最後がベルリンの風。聴衆一同が全員で盛り上がれる曲があるのはいいです。
日本の演奏会ではこういう曲がないです。オケで『ラデッキー行進曲』をやる所がありますが、日本の独自のものではない。3大テノールの来日コンサートのアンコールでも『川の流れのように』でした。皆が一緒に歌える、というものではなかったです。
ベルリン、ウイーン、アムステルダム、などのコンサートを見ると、クラッシック音楽が、人々の間に根ざしているもの、と思えてなりません。(ベルリンフィル&ラトル:ワルトビューネ、ピクニックコンサート2004から)
<kiyoさんのblogより一部抜粋>←サイトへはここをクリック